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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和43年(ネ)10号 判決 1968年2月28日

控訴人・附帯被控訴人(被告)

指定代理人

川本権祐

外四名

被控訴人・附帯控訴人(原告)

大杉秦吉

代理人

神保泰一

外二名

主文

一、取判決を取消す。

二、被控訴人の不当利得の返還請求を棄却する。

三、控訴人は、被控訴人に対し、金九二万円とこれに対する昭和三八年二月二三日から右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

四、訴訟費用は、第一、二審とも控訴人の負担とする。

五、この判決の第三項は、被控訴人が金三〇万円相当の担保を供するときは、仮に執行することができる。

但し控訴人が金五〇万円相当の担保を供するときは、右仮執行を免れることができる。

事実

第一当事者の申立

一、控訴代理人は、控訴の趣旨として、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、附帯控訴につき、「本件附帯控訴を棄却する」との判決ならびに附帯被控訴人敗訴の場合における担保を条件とする仮執行免脱の宣言を求めた。

二、被控訴代理人は、控訴につき、「本件控訴を棄却する」との判決を求め、附帯控訴の趣旨として、主文第三項同旨ならびに「附帯控訴費用は、附帯被控訴人の負担とする」旨の判決及び仮執行の宣言を求めた。

第二当事者の主張

当事者双方の主張は、左記のとおり附加するほかは、すべて原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。

一、被控訴人の主張

(一)  供託官は、消滅時効の完了した供託金は、国庫の歳入に納入する手続をとらなければならないから、供託官において時効の起算点を確知し得ないときは、その事務処理上多少の困難を免れないだろうが、それは法律がその取扱いに適した除斥期間ないし時効に関する特則を設けていないための欠陥であつて、やむを得ないものと解されるばかりでなく、ひとり弁済供託についてのみ、供託時または被供託者に対する供託通知のときから消滅時効が進行するとの解釈をとつてみても、他の供託について供託原因消滅による時効の起算点を確知できない場合の多々あることは避け難いこと、また供託所には、従来から便宜の措置として、供託物につき時効処理に準じた仮の処理が認められているのである(昭和六年一〇月二六日民事第八三八号、同一〇年九月二六日民事甲第九六〇号、同年一一月一三日民事甲第一、二六九号、同一一年五月八日民事甲第四〇二号、同一三年三月一八日民事甲第三三八号、同二七年五月六日民事甲第五九七号、同三二年一〇月一七日民事甲第二、〇一九号の民事局長の各通達回答参照)から、供託所は、右仮処理の制度を利用することによつて、仮に供託手続を終結せしめ、供託金の歳入納付の取扱をなせばよいのであるから、控訴人主張の事務処理上の不都合の故をもつて、控訴人主張の如き時効起算点の根拠とすることは失当である。

(二)  控訴人は、被控訴人には、控訴人主張の如き時効中断の方法がある旨を主張するが、被控訴人おいて、被控訴人主張の如く供託物をそのままにして置く利益があり、直ちにこれが還付請求権を行使し得ない事情がある場合に、将来における未必の可能性を予想して控訴人主張の如き時効中断の措置をとるべきことを通常人に期待するのは無理であり、このような時効中断の措置をとらなければ、時効の進行を阻止し得ないとするのは、時効制度の本旨にそわないものりいうべきである。

(三)  仮に被控訴人主張の不当利得が成立しないとしても、未だ本件供託金に対する還付請求権の消滅時効が完成していない以上、控訴人は、被控訴人に対し、被控訴人主張の和解に基く本件供託金の還付請求に応ずべき義務がある。

(四)  被控訴人は、本件供託金の還付請求却下の処分に対し、昭和三七年九月一日富山地方法務局長に異議の申立をしたが、同年同月二四日右申立は棄却された。

二、控訴人の主張

(一)  被控訴人の当審における主張の内、被控訴人が、昭和三七年九月一日富山地方法務局長に対し、主張の如き異議の申立をし、同年同月二四日右申立を棄却されたことならびに供託物につき被控訴人主張の如き民事局長の各通達、回答に基いて被控訴人主張の如き時効処理に準じた仮の処理方法が採られていることは認める。

(二)  被控訴人主張の不当利得は成立しない。

供託官のなす供託金の国庫金編入の手続は、何ら法律的な行為ではなく、それは単に、既に国の積極財産に属しているところの金銭的価値につき国の内部でその経理的仕訳を変更するというだけの措置にすぎず、右措置自体には、供託金に関する国の権利義務に変動を生じさせるような何らの効力もない。したがつて本件の場合、供託官が仮に本件供託金の還付請求権が時効消滅していないにかかわらず、右編入手続をしたとしても、これによつて控訴人の権利義務に何らの変動も生せず、不当利得成立の余地はない。

(三)  被控訴人の本件供託金還付請求権は時効により消滅している。

(1) 弁済供託の被供託者は、実体的に受領権限がない場合でも供託物を受領することができ、しかもその場合被供託者は、同人が特に無条件で還付請求をするのでない限り、供託者主張の権利関係を是認する不利益を受けることなく、供託物の払渡を受け得るのである。したがつて当事者間に供託者主張の権利関係をめぐつて争がある場合でも、被供託者は、形式的にも実質的にも、供託通知を受けると同時に還付請求権を行使することが可能である。

(2) また被供託者は、右の如く何ら実体的不利益を受けることなく、供託物を受領する方法があるほか、これとは別に供託官に対して自己の還付請求権の確認を求め、あるいは供託証明書の交付を請求する等容易になし得る時効中断の方法も存在する。

(3) 以上の諸事情に、供託官は、弁済供託についての大量かつ継続的な事務を、もつぱら一定の書式に盛られた形式的記載内容に基づいて処理するものであつて、その立場上当事者間の供託の原因関係についての紛争の存否、原因、程度、解決の時期等は全くこれを知る由もないのであるから、もし仮に供託物の還付請求権の消滅時効が、その供託の原因となつた当事者の紛争の解決をまつて、はじめて進行するものとするならば、供託官の供託金品に対する時効処理は、もはや不可能に帰することを考え合せれば、弁済供託に基づく供託物の還付請求権は、一律に被供託者がその供託通知を受けたときから時効期間が進行し、一〇年の経過によつて時効消滅するものと解すべきである。

第三証拠関係《省略》

理由

第一不当利得の返還請求について。

一、本案利得の抗弁に対する判断

控訴人は、本件はまず供託官の供託金還付請求却下の処分に対する行政訴訟を提起すべきであつて、右却下処分を争うことなく、直接控訴人国に対し、給付訴訟を提起することは許されない旨を主張するが、本訴における被控訴人の第一次的請求は、請求自体からも明らかなように、直接本件供託金の還付を請求するものではなく、右還付請求の不能を前提として、本件供託金相当額の不当利得を請求するものであるから、控訴人の右抗弁にいう「直接の給付訴訟」たるものが、「本件供託金の還付請求」そのものを意味しているものと解される限りにおいては、控訴人の右抗弁は失当というべきである。

しかしながら、控訴人の右抗弁は、控訴人の本件供託金相当額の利得は、供託官の上記却下処分を原因とするものであるから、右処分の効力を争うことなくしては、不当利得金の返還請求も許されないという趣旨も包含しているとも解されるので、念のため、この点についても検討するに、仮に右趣旨のとおりであるとしても、供託官の右却下処分は、抗告訴訟の対象たり得る行政処分とは解し難いこと後記説示のとおりであるから、右処分をもつて控訴人のいうように、本件利得の法律上の原因とは到底解し得られず、この点においても控訴人の右抗弁は理由がない。

よつて控訴人の右本案前の抗弁は、いずれにしても失当たるを免れない。

二、本案の判断

(一)  被控訴人は、本件供託金に対する還付請求権及び取戻請求権は、いずれも未だ消滅時効が完成しておらないのに、控訴人は本件供託金を歳入に繰入れ、よつて何ら法律上の原因なくして、還付請求権者たる被控訴人の財産により本件供託金相当額の利益を受け、これがため被控訴人に右同額の損失を及ぼしたとして、本訴不当利得の返還請求をなすものである。

(1) しかしながら、本来供託官のなす供託金の歳入納付の手続は、控訴人もいう如く何ら法律的な行為ではなく、それは単に時効その他の原因により、既に国庫に帰属した供託金を国の歳入に納付する国内部の会計事務処理上の一手続にすぎす、右手続自体は何ら供託金の実体的権利関係に変動を及ぼすものではないから、もし被控訴人主張の如く本件供託金の還付、取戻の両請求権が共に時効消滅していないものとすれば、たとえ供託官が本件供託金の歳入納付の手続を了したとしても、これがため本件供託金が国庫に帰属するいわれは少しもなく、したがつて被控訴人主張の不当利得が成立する余地は有り得ない。

(2) またもし、右還付請求権が、時効によつて消滅しているものとすれば、(もつとも本件において、右請求権は未だ時効消滅していないものと解するのが相当であること後記説示のとおりであるが)本来時効は、永続せる一定の事実状態を尊重してこれを法律関係にまで高め、もつて社会秩序を維持しようとする制度であるから、時効による実体的権利関係の変動は、究極的なものとしてこれを維持するを相当とすべく、したがつて右時効消滅を原因とする控訴人の本件供託金の利得は、法律上の原因ある利得として、不当利得返還請求権は発生しないものと解するのが相当といわなければならない。

(二)  かようなわけで、いずれにしても被控訴人の本訴不当利得の請求はその余の判断に及ぶまでもなく、理由のないことが明らかであるから、右理由なき被控訴人の請求を認容した原判決は失当たるを免れない。

第二供託金の還付請求について。

一、本案前の抗弁に対する判断

控訴人は、本件はまず供託官の供託金還付請求却下の処分に対する抗告訴訟を提起すべきであつて、右却下処分を争うことなく、直接控訴人国に給付訴訟を提起することは許されない旨を主張するので、まず右抗弁の当否について判断する。

弁済供託の法律的性質については、これを私的関係とし、あるいは公法関係と解し、または両者の混合せる関係と見るもの等従来から種々の見解が見られるが、本来弁済供託は、弁済者が弁済の目的物を債権者のために供託所に寄託して債務を免れる制度であるから、その法律的性質は、債権者なる第三者のために供託者と供託所との間になされる寄託契約をその本質とするものと解するを相当とする。そして供託の本質が右の如く第三者のためにする寄託契約と解すべきものであるとすれば、供託者と供託所の関係は、これを対等な当事者間の関係にある私法上の関係と解すべきであり、したがつてまた右寄託契約における第三者すなわち被供託者と供託所の法律関係も右同様私法関係と解すべきものといわなければならない。現に供託当事者の金銭等の払渡請求権は、一般の私債権と同様、自由に譲渡、質入、仮差押、仮処分ないし移付命令等の目的とされているのであつて、このことは右請求権が私法上の権利であることを裏付けているものということができる。

供託法によれば、金銭及び有価証券の供託については、国の行政機関の一部である同法第一条所定の官署が供託所としてこれを保管し、供託事務は、同法第一条の二所定の者が供託官としてこれを取り扱うことになつているが、これは現今の実生活上金銭及び有価証券の供託がその大部分を占め、量的にも質的にも、極めて重要な機能を営むものであることから、最も安全、確実に供託制度の目的を達し、その実を上げしめようとの配慮によるものと考えられるのであつて、供託法の右種の規定、その取扱いをもつて供託の法律関係を公法関係と解する根拠とするにはその理由に乏しく、また供託手続を管掌する機関が国家機関であるか、否かによつて、供託の法律的性質を決定し得るものでないことは、他の民事手続一般における場合と異るところはないから、右のように金銭及び有価証券の供託所が国の官署であり、これを取扱う供託官が国の法務事務官であるからといつて、供託の法律関係を公法上の関係と解さなければならない理由は少しもない。それはあたかも、郵便貯金関係において、右貯金業務を取扱う機関は国の行政機関たる郵便官署であるが、右郵便官署とこれを利用する貯金者との関係はなお私法上の関係と解されるのとその類を同じくするものというべきである。

そこで供託官の供託金銭等の払渡に関する処分の性質を考えてみるに、供託法は、第一条の三から同条の六にわたつて供託官の処分に対する審査請求の手続について規定し、同条の七は行政不服審査法の適用関係を定めており、これを見れば、右審査請求に関する手続関係が公法関係であることは明らかである。

しかしながら、このことから直ちに供託官の払渡に関する処分を行政処分と解しなければならない理由はない。けだし本来行政処分に当らない行政機関の行為についても、その過誤の簡便、迅速な救済手段として、自らの法体系中にその審査手続を規定し、あるいは行政不服審査法等所定の是正手続を利用することは、立法上少しも支障がないからである。そればかりか、供託法第一条の七は行政不服審査法第一四条の審査請求期間の適用を排除し、供託官の処分に不服のある者は何時でも審査請求をなし得ることになつているが、これは供託官の処分について、行政処分の特性といわれる公定性の存在を否定しているものとさえ解されるのであつて、それは、一般に行政処分は公益性を基調とし、少くとも公益性とし比較考量においてなされるべきものであるのに、供託官の処分は一に供託当事者間の私法的秩序維持のために行われるものであること等とも考え合せれば、供託官の処分を、後記のように私法上の行為と解する根拠にはなつても、それによつて、右の処分が所謂公権力の行使による行政処分であるとの結論を引出すことはできない。

このように見てくると、供託によつて生ずる供託当事者と供託所の関係はこれを私法上の関係と解するのが相当であること前記説示の如くであるとすれば、その供託関係についてなす供託官の処分もまた供託当事者と対等な立場にある者のなす私法上の行為たる性質を有するものと解するのが相当にして、これを公権力の行使により国民の権利関係を形成しまたは確定する行政処分とは到底考えることができないから、本件の如き供託金還付請求の却下処分もその本質は単なる供託金払渡の拒絶にすぎず、被控訴人の還付請求権そのものには、何らの消長もきたすものではないと解するのが相当である。

以上これを要するに、供託関係は、供託官の処分に対する審査手続の関係を除き、これを私法関係と解すべく、したがつて供託官が本件供託金についてなした還付請求却下の処分も、その本質は、私法上の単なる支払の拒絶にすぎず、控訴人の主張するような行政処分ではないと解するのが相当であるから、被控訴人は、供託官が本件供託金についてなした右還付請求却下処分の取消を求めなくても、直ちに供託所の管理主体たる控訴人国に対し、本件供託金の還付請求をなし得るものというべく、したがつてまた供託官の右却下処分が、公権力の行使による行政処分であることを前提とする控訴人の右本案前の抗弁は、その余の判断に及ぶまでもなく失当たるを免れない。

二、本案の判断

(一)  被控訴人主張の請求原因事実中、被控訴人主張の売買契約の売主たる訴外田中喜与四が、昭和二六年一一月七日被控訴人主張の如き金九二万円を、主張の如き越旨で、被控訴人を受取人に指定して富山地方法務局へ弁済供託したこと及び被控訴人は、昭和三七年八月一一日右法務局に対し、本件供託金の還付請求をなしたが、被控訴人の右還付請求権は、供託日の昭和二六年一一月七日から一〇年の経過により、時効によつて消滅したとの理由で昭和三七年八月二三日これを却下されたことは、当事者間に争いがなく、<証拠>を合せ考えれば、被控訴人は、昭和二三年四月一一日訴外田中喜与四と被控訴人主張の如き約旨の土地売買契約を結んだこと、ところが、訴外田中は、昭和二六年一一月七日右売買契約に定められた契約解除の特約に基くものとして、それまでに被控訴人から売買代金の一部として受領していた金四六万円の倍額金九二万円を被控訴人に提供して、前記売買契約解除の意思表示をしたが、被控訴人が右金員の受領を拒んだので、上記のように本件弁済供託に及んだものであること、一方被控訴人は、訴外田中の右契約解除の効力を争い、同人外一名を相手どつて上記売買契約に基づき所有権移転登記手続、工作物収去土地明渡請求の訴を富山地方裁判所に提起したが、昭和三四年五月二一日被控訴人敗訴の判決を受け、名古屋高等裁判所金沢支部に控訴中の昭和三六年一一月二〇日同裁判所において、被控訴人と訴外田中との間に被控訴人主張どおりの裁判上の和解が成立したこと及びその際和解条項にこそ明示されなかつたが、その効力が争われていた訴外田中のなした本件弁済供託金九二万円と被控訴人の供託金一二万五、〇〇〇円は、いずれも被控訴人が還付及び取戻を受くべきものである旨の合意も右当事者間に成立したものであることが認められ、これに反する証拠はない。

(二)  そこで次に控訴人主張の消滅時効の成否について検討するに、当裁判所も、被控訴人の本件供託金還付請求権の消滅時効は、前記和解の成立した日の翌日である昭和三六年一一月二一日から進行を開始し、被控訴人がその還付請求をした昭和三七年八月一一日には未だその完成を見ていなかつたものと解するのを相当とし、その理由は、左記に附加するほか原判決説示理由(原判決八枚目裏一〇行目の「元来」から同一〇枚目表五行目の終りまで)と同一であるから、これを引用する。

(1) 控訴人は、被供託者はその供託原因の基礎的事実関係をめぐつて争いのある場合でも、留保付で還付を受ければ、供託者の主張する権利関係を是認したことにはならないし、また自己の還付請求権の確認を求め、あるいは供託証明書の交付を請求する等の時効中断の方法も存在するから、還付請求権の消滅時効を控訴人主張のように解しても何ら被控訴人に不利益にはならない旨を主張する。

しかしながら、前確定のように、本件和解の成立を見るまでは、訴外田中と被控訴人との間には、本件弁済供託の原因となつた売買契約解除の効力をめぐつて紛争が存在し、訴外田中は、解除は有効であるから、同人提供の倍返金九二万円は被控訴人において当然これを受領すべきであると主張するのに対し、被控訴人は、これを争い、解除は無効であるから、右金九二万円は被控訴人において受領すべき筋合のものではない旨反論し、これを主たる争点として訴訟が継続していたのであるから、仮にそれが控訴人主張のように留保付の還付であるにしても、還付を受けることそのこと自体は、訴外田中主張の契約解除の有効なることを容認し、被控訴人自ら自己の権利主張を撤回するにひとしく、被控訴人の従来の主張と相反する結果になるのであるから、被控訴人に留保付で還付を受けることを期待するのは無理を強いるものといわなければならない。

また控訴人主張の時効中断の方法も、本来弁済供託は、本件の如く当該供託原因の基礎的事実をめぐつて当事者間に争いがあり、供託物は右紛争が解決を見るまで供託所に保管されるのが立前で、供託と同時に債権者なり債務者なりがそれを受領するというのは本来の権利の行使ではなく、それは相手方の権利主張を認めて自己の権利主張を撤回するという意味での権利行使というべきであるから、当事者、本件の場合は被控訴人に、控訴人主張の如き時効中断の方法を求めることは、これまた難きを強いるものといわなければならない。

(2) なおまた控訴人は、供託官は当事者間の供託の原因関係をめぐる紛争の存否、その内実、解決の時期等は全くこれを知る由もないのであるから、もし仮に被控訴人主張の如く右紛争の解決をまつてはじめて消滅時効が進行するものとすれば、供託金品の時効処理は不可能に帰する旨反論するが、供託金品に対する還付請求権行使の時期を確保し得ない場合のあることは、何も本件の如き場合に限られるわけではなく、これをたとえば、停止条件付債務弁済のための供託、訴訟費用の担保ならびに仮差押、仮処分の担保の各供託等その性質上供託当事者の権利行使の時期を知り得ない場合が多く存在すること、そしてこのような場合には、被控訴人主張の民事局長の各通達、回答に基き便宜の措置として、内部的に時効処理に準じた仮の処理方法が採られていることは、当事者間にも争いがないこと等を考え合せれば、控訴人の右主張は、未だその根拠に乏しいものといわざるを得ない。

(三)  してみれば、控訴人は、被控訴人に対し、本件供託金九二万円とこれに対する被控訴人が右供託金の還付を求めた日の以後である昭和三八年二月二三日から右完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金(供託法第三条、供託規則第三三条第一項によれば、供託金の利息は年二分四厘であるが、適法な供託金の還付ないし取戻の請求に対し、その払渡を遅滞した場合の遅延損害金は、民法の原則に帰り年五分の割合によるものと解するを相当とする)を支払う義務があり、その履行を求める被控訴人の本訴第二次的請求は、その理由あるものというべきである。

第三結論

以上説示の次第によつて、被控訴人の本訴不当利得の請求を認容した原判決は失当であるから、控訴人の本件控訴を容れてこれを取消した上、右請求を棄却し、被控訴人の附帯控訴にかかる本件供託金の還付請求は、これを認容することとし、訴訟費用の負担ならびに仮執行、同免脱の各宣言につき、民事訴訟法第九六号、第八九条、第九二条但書、第一九六条第一、三項を各適用して、主文のとおり判決する。(西川力一 島崎三郎 井上孝一)

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